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2010.03.29

歓送会 2010年春

この春、学生から社会人へと転機を迎える方々との歓送会を、昨晩、さくら水産で行いました。

私が彼らを送り出してあげようと企画した主催者でしたが、卒業をする方々から逆にプレゼントを頂いたりして、サプライズでもあり嬉しかったです。

それぞれに思い出深い方々ばかりなのですが、2004年から6年間、一緒に様々な活動をしてきた人も卒業します。偶然セミナーで出合って、当時は私一人でやっていた早朝例会という勉強会に誘ったことから、彼の人生は大きく変わっていったんだと思うと同時に、私も多分に彼からの影響を受け、今ではそのご縁がきっかけとなって、大勢の学生と知り合い、議論をするきっかけともなっています。

ビジネスライブという経営者と直に対話ができる勉強会に誘われ、その会がきっかけとなって学生生活が変わった人。ネパールへ現地集合、現地解散という過酷な研修も乗り越え、立派なレポートも出していただきました。

たまたま知り合いのやっていたアフリカの子ども達を支援する絵画展で、偶然会って話をした人も、途中から中心メンバーとなって、色々な活動に積極的に関わっており、大きく成長されておりました。最優秀論文を受賞されたようで、学業あってこその学生ですから見事に本分を全うしたようで良い話でした。

昨年6月から縁あって、私の主催する活動などに参加をして、急速に変化をしている人もおり、特に禅問答のような答えのない問いに対して、一つ一つ答えに近いものをまとめて、組織に還元をしておりましたので、下支えをかなりしていたように思います。

いずれにしましても、卒業後社会人となれば、環境は一変します。
これまでのように、学生だから許されていたことはなくなり、結果が問われる環境となり、同時に責任が生じてきます。たった一年で、学生から社会人へと大きく顔つきが変化した人も来ており、以前の雰囲気から一気に責任を持つ表情になっていたことも驚きました。

お寿司屋さんでは、修行をする際に3年間はしゃり(ご飯)しか炊かせてもらえず、握らせてもらえるには相当時間がかかると聞いたことがあります。下積時代は大変だと思いますが、その期間を如何に過ごすかで、将来の展望は大きく変わってきます。率先して、汚れ仕事を担当して、人の何倍も仕事をこなしていく気概で、それぞれの世界において大きく飛躍して欲しいと願います。それは私も同じで、私も毎日毎日を少しずつ積み上げて、いつの日か社会のお役に立てるよう頑張って参りますので、一緒にこの時代を同行の志として旅していきましょう。

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2010.03.25

卒業時に聞いた音楽の記憶

大学卒業をしたのは1997年ですから、今から13年も前のことになりますが、ホテルニューオータニで卒業の集いがあり、そこで年代に合わせて、ヒットした音楽で当時の記憶を振り返るというスライドショーがありました。

昨日、そのホテルニューオータニを歩いていた時に13年前の自分が大学4年生だった時と重なり、全ての記憶が鮮明に蘇ってきました。

1997年を代表する曲として選ばれていたのは、今井美樹さんのPrideという曲でしたが、その曲を聞くと卒業の記憶と繋がってきます。もし昨年、今年を代表する曲として選ばれるとすると、Greeeenのキセキか木村カエラさんのButterflyあたりではないか思いますが、音楽と時代は凄く重ねあわせやすいものだな~とつくづく感じます。


音楽を聴くと、それを聞いたときの場所や情景に引き戻されるとという強烈なものもあって、カトマンズからロンドンまでのトラック旅行をしていた時に、シリアで聞いたJamiroquai(ジャミロクワイ)のVirtual Insanity(ヴァーチャル・インサニティ)は、ユーフラテス川沿いの十字軍によって壊滅された古城で何十回もリピートをして聞いてました。そのため、その曲を聴くといつもその場所に戻れるような感覚になります。

コマーシャルなどで何度も聞いていて、刷り込まれている状態になってから、その音楽を見つけた時などは時代の音楽になりやすい傾向があるなと思いつつ、一度ヒットすると、その曲が何度も何度もリピートされて、時代を代表するような音楽となるのだと思います。

残念ながら、そのような音楽がどのように産みだされるのかのメカニズムは良く分かりませんが、時代が求めているのか、たまたまその音楽が時代を象徴したのか、毎年、大変な数の音楽の中から選ばれる代表的な曲は、実に貴重な存在だと思います。

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2010.03.08

チョムスキーとメディア

昨晩、チョムスキーとメディアを鑑賞しました。

この作品は、如何に世の中の情報が、一部の人達によって作られ、合意が捏造され、重要な物事に目が行かないように仕向けられ・・・行われなければならない議論がなされていないか?

全てを疑え、自分の足で情報を得て、自分で考え判断し、共同体を市民の手で作り上げよう!

というようなメッセージが根底に流れている、長いドキュメンタリーで、第一部、第二部と二回に分けてみることが出来ました。

自分自身に置き換えて考えてみると、全ての情報が偏っている不確かな先入観で成り立っていると気がつくことがあります。

例えば自分で確かめて、自分で考えてもいないのに、断片的なニュースが流れ、なんとなく世論の向いている方に・・・それとなく、自分の意見も集約されてしまう・・・というような感覚です。

自分が情報発信者となってみると、尚更のこと、それは体験できて、全くもって真偽の確認も出来ない情報が、あたかも真実のように報道され、それが世論を形成していくというような怖さを感じたこともありました。また、ビジネスと結びついている場合においては、より商業的価値のあるものに重きが置かれていきます。

これは全くもってその通りだなと感じましたし、この作品の見方は、当事者としての意識を持つことによって、一気に深みが違ってくることも分かります。

オルタナティブメディア。すなわち、メジャーなメディア(大手新聞、テレビ局、通信社)ではなく、市民の手によって作られた市民の声を反映したネットワークにこし、将来の可能性を感じるという楽観的な提言がなされておりましたが、今の時代はまさに、インターネットによるSNS、ツィッターなどによって、かつてよりも安価に、より幅広く情報を伝える仕組みがあります。

時代はまさに大きく変わりつつありますが、根底に流れる部分は変わりません。だからこそ、起きている事の本質を掴み、それを自分だったらどうやって解決していけるかという発想で、当事者としての意識を強く持ち、生きていくことで、いつの日か桧舞台に立てる時のために、日々を大切に過ごしていこう!と思うのであります。

とても充実した、気付きの多い鑑賞会になりました。

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2010.03.02

ビジョニング(Visioning)と思いを形にしていくプロセス

あまり聞き慣れない言葉ですが、
ビジョニング(Visioning)と思いを形にしていくプロセスについて、
少しまとめてみたいと思います。

ビジョニング(Visioning)とは、文字どおり、将来のイメージを描くこと。
「先を読み、そこで自分はこうありたいと思うイメージを描く」

このビジョニングという言葉は、
3年ほど前にSTeLAという理系リーダーシップの国際学生団体で初めて教えて頂いたのですが
リーダーの持つ資質として大切な一つであると聞かされました。

彼らはリーダーシップの研究をしたときに
私を題材として欠席裁判をした結果
「私の持っている特殊能力は、ビジョニングが突出している事」
と聞かされた事があって、当事者の私としては意味が分からず
ビジョニングって一体何なんですか?
と教えてもらった事がきっかけでした。

最近は、時々聞いたり読んだりする機会が増えてきているので
市民権を得つつある言葉になってきたように思います。

しかし、このビジョニングの前に大切な事は
「思いを持つこと」
ではないかなと思います。

利己的な目的を設定すると、結局は先詰まりになります。
利他的な目的を設定すると、末広がりに広がっていきます。

例えば、この人を幸せにしたい。とか、この人の夢を実現してあげたい。
という思いに応じて、その道筋が出来てくるように思います。
そして思えば、その人脈が不思議に飛び込んでくるようになります。


私の感覚では、例えば大きなシンポジウムや会議を主催する時に
会場がガラガラの閑散とした風景が最初に見えます。
しかし、呼びかけをしたり、動員のために協力者に御願いをしたり
広報をしたり、メディアの御協力を頂いたりしていくと
ガラガラの会場に、少しずつ人が集まり出してきて
1週間位前になると、会場が溢れるくらいの参加者が見えてきて
少しセーブをすると、ピッタリの人数が、その主宰イベントに
来て頂けるようになる・・・という体験を何度もしております。

最初は数十人規模の集まりだったのが
次第に数百人規模になり、それが何千人、何万人と広がっていけば
それだけ多くの人たちに、
思いが伝わり、広がり、喜んで頂けるようになり
私の知らない誰かが、私の仕掛けた事によって喜んでいる姿を見たとき
なんとも言えない幸せな気持ちになることが出来ます。

時には、私自身に、私の打ち出したコンセプトを語ってくださる方が
現れたり、教えてくださる・・・というような、不思議な現象も起きてきたりします。

自分がやったのではなく、時代の要請や、
声なき声を集めて全体の総意を形にすると
自分では想像を遙かに超える大きな力や影響力が発揮され
それによって、更に大きな影響力を持てるようになり
ますます、大きな事業が相乗効果を呼びながら
連鎖的に世の中に広がっていきます。

オセロゲームで、一気に黒が白に変わっていくように
布石を打ってみるものが一斉に表に出るときには
世の中はきっとびっくりするのではないかな~
とワクワクしながら、毎日を過ごさせて頂いております。

純粋に
恩師の為に尽くしたい。
人を喜ばせたい。
友人の笑顔を見たい。
社会のお役に少しでもなりたい。
と思うことが、全ての始まりなのではないかな・・・
と最近つくづく感じています。

一緒に協力をして頂ける方大募集です。
一度きりの人生を、完全燃焼で楽しく過ごしていきたいですね。

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