2010.05.30

バルカン室内管弦楽団 サラエボ公演

2010年5月29日(土)ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボの陸軍ホールにて、国際交流基金、日本大使館の主催、東京杉並ロータリークラブ後援によるバルカン室内管弦楽団のサラエボコンサートを開催し、200名以上の参加者(150名の席数)に来て頂き、盛況の内に終えることが出来ましたことを報告いたします。

バルカン室内管弦楽団は、日本人指揮者である柳澤寿男さんが2007年に立ち上げたバルカンの民族共栄のための管弦楽団で、セルビア人、マケドニア人、コソボ人、クロアチア人など、多数の民族によって構成されています。

東京杉並ロータリークラブは、2009年11月6日(金)に第一生命ホールにて、国際交流基金と共催でコンサートを行い、昼・夜の二回公演で述べ1000人以上の方々に演奏会を行い、それは日経新聞等の新聞をはじめ、11月23日にはNHKのおはよう日本にて30分番組で放送され大きな反響を呼びました。
そのコンサートで得た収益で、NHKや地元メディアによる取材を受けながら、日本大使館、外務省の協力の元、国際交流基金が中心となり、今回のサラエボ公演が実現しました。

つい15年前までは、内戦で約20万人もの犠牲者が出たサラエボは、1914年6月28日に第一次世界大戦のきっかけとなったオーストリア皇太子が暗殺されたサラエボ事件が起きた場所でもあります。まさにバルカンの火薬庫とも言われる紛争の続いた地域で、多民族によるオーケストラを、日本人の指揮のもと、一つにまとまるということは大変意義があることです。音楽を通じての平和活動はもとより、ロータリークラブの目的とも一致し、今回のコンサートが開催出来たことは、とても大切な一歩になったであろうと思われます。

日本からはロータリークラブを代表して2名で参加をしましたが、コンサートには地元サラエボロータリークラブのメンバーも駆けつけ、ロータリアンの交流も深まりました。昨年11月に種を撒いた事業が、半年後の5月にサラエボで大きく花咲き、多くの方が拍手喝采の中喜んでいる姿を見て、大変有意義なサラエボ訪問となった事を報告します。

Dscn0204_2

Dscn0213

|

2010.02.16

国際奉仕活動から学んだこと

私は1995年から2010年まで15年、ネパール・ポカラを中心とした「ネパールでの初等教育援助」のコーディネーターを始め、ネパール大使館との日本の農業視察コーディネート、ネパール・パルパでのバイオガストイレの調査など、延べ26回のネパール訪問を通じて学んだことと、数々の試行錯誤を経ながら、ようやく私が学ばせていただいた国際奉仕活動の輪郭が見えて参りましたのでご報告させていただきます。

10年の戦略と現地との共同事業

 国際奉仕活動を行う上で、10年以上継続をすることで信頼関係が構築されます。

なぜなら、数年単位での活動が多く、単発的な活動に限られることが多くあり、1回限りの多額なプロジェクトを狙ったNGOビジネスが横行しており、そのようなビジネスを目的とした現地NGOも少なからず存在し、知らずに荷担をしてしまっている日本のNGOなども残念ながら存在しているからです。温かい気持ちで集められた浄財が一部の個人の所有となり豪華な施設となり、横流しされる話は後を絶ちません。

 そのため、例え少額予算であっても、10 年間は継続する旨を現地と約束することによって、信頼関係を構築することができ、本音で将来を語り合えるようになっていきます。ハードウェア(建物や設備)の援助は高額で管理が難しく、使われないモニュメントを現地に作ることになってしまう傾向があります。そこでソフトウェア(奨学制度や研修、職業訓練、共同事業)の援助を行い、強固な信頼関係を築いた上で、ハードウェアの援助へ移行することが肝要ではないかと考えます。

 私のこれまでの経験では、サランコット村の女性リーダーが心を許して本音で話をしてくださるようになり、続いて様子見でまったく関わりを持とうとしなかった村の長老が式典や話し合いの場に参加してくれるようになるまで、10年以上の年月が必要でした。

 いかなる事業であっても村の出資(労働奉仕もしくは金銭的負担)を20%以上求めることが必要不可欠です。ローカルコントリビューション(地元の貢献)がない事業は、継続することが困難で、自分たちの村の事業として取り組まなくなります。

 また、事業をそれぞれ単体で行うのではなく、有機的に組み合わせていくことによって効果も大きくなり、最終的には利他的な指導者を輩出するための人材開発を行うことができれば、その指導者を中心に村や地域は変わっていきます。

 そのために、現地の方々と共同で委員会を作って、初等教育事業→人材開発事業→産業育成事業へとすべての事業を戦略に則って10年単位で行うことが基本ではないかと考えます。

国際開発のモデルは「江戸時代の農政改革」

2006年にノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行総裁のムハメド・ユヌス氏は、小規模融資によって、特にバングラディシュでのマイクロファイナンス事業の成功で貧困からの脱却への道筋を作り、フランスのダノン社と共同で工場を建設し、地元へ利益を落とす仕組みを行っており、大変注目されています。

一方、日本では江戸時代中期以降、度重なる飢饉や経済危機を迎えたおりに、上杉鷹山、二宮尊徳、大原幽学といった世界に誇れる指導者が出現し改革を行いました。現代の国際開発のモデルは「江戸時代の農政改革」にあるといっても過言ではないと思います。

マイクロファイナンスもまた「無尽」として、農耕民族で長老がいる地域では成立する仕組みとして日本では古くから確立されており、二宮尊徳が飢饉の際に導入した保険制度や農民の人心荒廃を立て直していく農政改革は現代でも十二分に通用します。

そこで国際開発を行う上で、かつての日本で行われた施策を参考に、貧困で苦しむ農村地域にカスタマイズをしてプロジェクトを行うことは、大きな可能性があります。

2007年12月1日に18名の女子学生へ奨学現物支給制度(一人月額600円)を行ったネパール・サランコット村は、農地としては適さない土壌が多いという報告を受けました。

そこで、上杉鷹山が漆や楮を植えたように、コーヒーなどの現地に適した農作物を研究し、栽培、販売することで、新たな収入の道が広がります。また、原料を売るのではなく、製品を売ることによって、付加価値がそのまま現金収入となる方法を模索することが、村人の生活向上につながっていくのではないかと考えられます。

職業訓練や原料を商品へ加工する教室などを定期的に開催することによって、付加価値が高まり、それが現金収入という形で村人を豊かにし、教育水準が上がっていきます。職業訓練や村の自立につなげる活動をしていくことが最も効果的ではないかと考えております。

2008年8月21日には、駐日ネパール大使ガネシュ・ヨンザン・タマン閣下とネパール連邦民主共和国の憲法策定委員を務める3名の国会議員を、山梨県山梨市へ農業視察のためのコーディネートを行いました。農業技術や人材交流を求めるネパールと、後継者不足で悩む日本の農家の実態を、双方で意見交換の機会を持つことができ、農業を通じての国際貢献という形に大きな可能性を感じております。

青少年奉仕活動との深い関係性

 アメリカの大学では、国際開発と技術支援が、大きく注目を集め始めております。特に次のグーグル、マイクロソフトとなりうる世界的な企業は、ボトムオブピラミッド(一日を2ドル以下で暮らす人々)へのサービスに鍵があるのではないかと言われ、多くのベンチャー企業などが生まれる土壌が育ってきております。

 この国際奉仕活動を支え、活動をしてくれるメンバーとして、大学生を始め、国際開発に興味を持つ若者に、その機会を与えることは大きな可能性があるのではないかと考えます。

 私も大学3年生の時に、初めて小澤富夫教授の主催するネパールツアーに参加し、初等教育援助活動のコーディネーターの経験をさせていただいたことが、今につながっております。また、2007年3月には東京工業大学の学生2人がネパール・サランコット村を丹念に調査してくれたことがきっかけで、村の実態をつかみ、より効果的な事業を行うことができました。

このように、国際開発を通じて成長の場を与え、機運が高まっている貧困問題へ実質的な貢献の機会を持った団体として成長をすることによって、世界の学生団体とも強力な連携を図っていけば、次世代のリーダーが育っていく土壌が国際奉仕活動を通じて作っていけるようになります。

 そのため、この国際奉仕活動は青少年奉仕活動と深い関係性を持たせることによって、相乗効果を呼び、ネパールやカンボジア、アフリカへのスタディツアーなどを含め、多くの可能性を秘めたプロジェクトを行うことができるようになっていくと考えます。

最後に

真っ白いキャンパスの上に、一体何ができるかと想像をすると、そこには無限の可能性が広がっていきます。これまでの素晴らしい活動から積極的に学ぶことと同時に、新しい発想による国際奉仕活動を行う時が今来ております。

この「国際奉仕活動から学んだこと」を、議論の叩き台としてご活用いただければ幸いです。ご指導・ご鞭撻の程、何とぞよろしくお願い申し上げます。

|

2010.01.28

日本の政局と世界からの見方

この10日間、至る所で「日本の政局と世界」がテーマに、講演会や懇談会などに参加をする機会があったので、公開出来る範囲でまとめてみます。

1月4日のウォールストリートジャーナル。

Inaction Inc: Japan risks 3rd lost decade

「三度目の失われた十年を迎えるかもしれない日本」

と書かれ、90年代、2000年代に続き、
経済は更なる低迷期にと、
政策立案者への痛烈なる批判が展開されております。

これは大宅映子氏が、いかに日本の経済対策、外交がお粗末かということが具体的な事例を持って語っておられました。

問題の本質は何だろうか?というところにまで至っておりませんでしたが、先週火曜日に作家の浅田次郎さんのお話を伺った際に「選挙のための政権運営が一番危ない」と仰っていたことが思い出されました。

浅田次郎さんは「江戸時代から幕末へ」というお話でしたが、興味深い事例は、江戸時代における実質的な政治担当者である「老中」と「若年寄」が、最後の十年で三分の一近く変わっていたことを紹介されていたことです。

誰がやっても、何をやっても変わらない。しょっちゅう政権も変われば、為政者も変わるので、ウォールストリートジャーナルの指摘そのものが起きている・・・ということになります。

日本にいながらにして、日本の外からの視点を持つことは、決して簡単なことではありません。しかし、出来る限り自分を客観視して、外からの視点を持てば、自ずから取るべき姿勢は変わってくるようにも思います。他人事ではなく、当事者としてどうしていくか。その上で行動をしていくことこそが、真の学びであろうと思います。批評家、評論家ではなく、作家・当事者としてどうしていくかが、問われているんだろうと、まずは身の回りのことから固めていきます。

|

2010.01.13

ヘンリー・キッシンジャーの予測

テレビ東京で1月の第2週に放映される「日高義樹のワシントンレポート」。

毎年、ヘンリー・キッシンジャーが今年はどうなるかという予測をするという内容になっており、必ずビデオ録画して、2倍速で見ております。1月10日の放映も、遅ればせながら見ることが出来ました。

特に軍事に関することを中心に、中国・北朝鮮・イラン・・・様々な地域の話をしておりましたが、経済に関する話の中で、アメリカ経済に二番底が訪れるかという部分が、とても気になる発言をしておりました。

「アメリカ経済は、2010年の前半は徐々に回復をして、後半は急速に回復するだろう。しかし、年末に公的資金が尽きたときには、大問題が発生する」

歴史家であるために、かつてのローマ帝国の崩壊プロセスしかり、外交の全てが連動しているという話など、金言に溢れるインタビューですが、彼の予測の正確さはボーリングでいうところのパーフェクト300点という時もあって、極めて核心に触れております。

オバマ大統領もそろそろ経験を積み指導力を発揮するだろうという発言をしていたようですが、大方の彼の評価は「革新」と「労働」に支配され身動きがとれないというようなコメントがなされていたり、チャーチルの胸像をイギリスに返して、米英関係が悪化しているという話など、えっと驚くような話も出ておりました。

いずれにしても、何が起きてもおかしくはない。しかし、世界情勢を大局からみて、歴史から俯瞰をして、これからの時代を自分なりに読み解いていく必要性を感じました。

そういえば・・・私がブログを始めたり、記録をしたのも、未来予測をしていくことを意識した内容だったなと思いましたので、出来るだけ感じたこと、予測したこと、前兆は記録していこうと思います。

|

2009.01.20

世界史の証人

本日の夜、アメリカではオバマ大統領が就任演説を行うということで、昨晩からニュースは事前の様子が伝えられておりました。

世界史の証人となろうと、アメリカ中から就任演説を聞きに150万人を超える人がワシントンDCに集まり、かつてのリンカーン、ケネディのような伝説のフレーズ、感動的なスピーチを期待されているとの報道でした。凄いハードルのあげられ方で、それに応えるオバマ新大統領もまた、最も重要な場面を迎えることになります。

1月9日にネパールに行った際、はじめて”ルンビニ”を訪れました。ここは仏陀の生誕地。お釈迦様が2500年前に生まれた聖地です。それにも関わらず、見学者はパラパラといるくらいで、説明書きらしいものも少なく、なんだか閑散としているようなイメージでした。

もしかしたら、世界史が作られる時。世界史の証人とは、派手なものではなくて、地味なものなのかも知れないと感じました。お釈迦様の影響力を考えると、もし、当時目の前の当人がいたとしても、数千年先までその教えが世界中に伝わると感じた人は、当時誰もいなかったに違いありません。

アメリカの大統領就任。これはまだ、アメリカという国が世界の覇権を握っているという幻想のもとで打ち上げられる最後の花火みたいなものなのかも知れません。11月にドバイでは、史上最大級の花火大会が開催され、宇宙からもその花火を見ることが出来たくらいの規模であったということでした。でも、経済的には大変に厳しく、宴の終焉。砂上の楼閣とまでも評されています。

コツコツと地道に、自分の出来る事を積み上げていく。これに徹して日々を謙虚に過ごして参りたいと思います。

|

2009.01.02

謹賀新年と世界を考える

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

昨年を象徴する漢字は「変」。
今年は「激変」だと、テレビ東京の朝の番組で言っておりましたが、世界はまさに歴史の転換期であることには違いありません。

昨年のお正月は、元旦の新聞一面で目に付いたのは、環境問題。地球温暖化への警告でした。今年は一転、国家崩壊の危機として、世界の金融崩壊が小国に多大な影響を与えていることなどが紹介されていました。

ジンバブエでは独裁者の専制的な政治など、数多くの問題が重なり、インフレ率2億パーセントを超える凄まじい経済状態が続いているとのことです。一日で貨幣価値が半減して、パンさえも買えなくなってしまう・・・第一次世界大戦後のドイツで起きたインフレのような、まさに前回の世界恐慌で起きたような事が、今まさに起きてます。

私が26回訪問をしているネパールでも、日本の原油価格が上がる半年前に、原油価格を上げないようにする国民デモに囲まれた事があって、世界同時に不況が巻き起こり、全てが連動してしまっていることを体験した事がありました。日本も経済不況の影響で、非正規社員の雇用問題などがクローズアップされていますが、世界全体で見てみると、世界の問題は遙かに深刻で、セーフティネットさえ張られていない。

今の世界で、今一番何が求められているのだろう?と考えてみると、二宮尊徳が説き広めた道徳思想である”報徳思想”などは、世界で注目されるべき、素晴らしき日本の考え方ではないだろうか?と思います。

経営者として、まず自分の周りからはじめ、その範囲を広げていくように、今年は足下を固める大切な一年にして参る所存です。

本年も宜しくお願い申し上げます。

|

2008.10.21

2年前の予兆

撮り貯めていたテレビ番組を、時間を見つけて、2倍速で見るようにしております。

見ている番組は、2006年に放映された「ガイアの夜明け」「経済羅針盤」「がっちりマンデー」「その時歴史が動いた」。

毎週撮っていたのですが、なかなか見る機会がなかったものの・・・2年経って追いかけて見て見ると、今の経済破綻に繋がっていく予兆が沢山出ておりました。

経済羅針盤では、今の経済動向!ということで、いざなぎ景気などの過去の景気特集と、2006年の景気が良いという話がされておりました。当時は小泉政権が終わるかどうかで、アメリカの景気もサブプライムで絶好調だった訳です。がっちりマンデーでも、アメリカの住宅価格が気になるというコメントをされていた方もおられました。

変な感覚を覚えるのですが、同じ番組を見ていたとしても、答えを知っている状態で見るのと、そうではなく見ているのでは、全く違います。ある主婦が「私は預金を全て株にしました!」と、デイトレードをしているガイアの夜明けを見た時に、「それは危険だからすぐ辞めなさい」と当時は言えなかったと思います。また「これからは海外金融へ積極的に投資をしていく!」と宣言をしていた巨大銀行の頭取の発言は、リスクマネーにお金を相当吸い込まれましたと言っていると同じ意味です。

当時は良かったと思われていたことが、それが全く出鱈目で間違った判断だったと後に言われる証拠をテレビで宣言をしているという訳になるのです。

景気に左右されず、コツコツと自分の本業に特化をして、その専門性を高めていく。これこそが私の目指す道ではないかと思いました。もちろん、本業に関わることには積極的に取り入れていきたいと思いますが、自分がやるべきこと。やらなくてもいいこと。選択と集中という言葉が流行ったことがありましたが、何を自分がしていくべきかについて、改めて考えてみる良い機会だと感じております。

今でも素晴らしいと思える企業経営者の方も沢山おられます。伝統を守り、企業理念をしっかり持ち、数百年に渡って、社会のために尽くしておられる経営者の言葉は2年前も今もこれからも、変わらないのだろうなという気付きもありました。短期的な視野よりも、長期的な視野に立って、より社会に求められる存在になっていきたいと思います。

|

2008.10.16

ジェットコースターのような経済

急激に上がったかと思うと、急激に下がる。
暴落の後、暴騰をして、暴落する。

2001年にアメリカで起きたネットバブル崩壊の現場の様子を、実際に体験をした方からお話を伺ったことがあるのですが、大暴落の前の株価変動は、まるでジェットコースターのようだったと聞いたことをふと思い出しました。

集団心理とでもいうのでしょうか?
誰かが不安に感じて、その不安を解消しようと行動に出ると、雪崩が起こるかのように、一気にその方向に進んでしまいます。

これまで、オランダのチューリップ。日本の不動産。アメリカ・日本のIT関連株。バブルがおきて、それが破裂して、大混乱が生じる。ということが幾度となく繰返されてきました。人類は歴史から学ばないというのか、同じ事を違う形で繰返し続けてしまっているように思います。

週末にウォール街という映画を見る機会がありました。マイケル・ミルケンがモデルとされるマイケル・ダグラス演じるゲッコーが、インサイダー情報を駆使して、会社のM&Aを行い、巨額の利益を求め、欲のために経済を利用する人物に焦点が当てられております。

日本でM&Aとか、TOB(株式公開買付)が日常的になるような時代が来るなんて、20年前は想像も及びませんでしたが、かつては対岸の火事だと思っていたことが、今では自分の足元にまで及んできています。これがグローバル化の一つの現象化といえばそれまでですが、アメリカの株価が、直接日本、ヨーロッパの株価と連動をして、世界同時株安が普通に感じられるようにもなりました。

時代の流れの中で、2008年秋は歴史に残る大変な激動の始まりだと言えるかと思います。後の教科書に載る大きな転換機である今、当事者として、どうこの局面を正しく生きていくか。強い意志が必要とされているのだと感じます。

|

2008.10.07

価値の転換期

連日、世界経済のニュースが報道をされておりますが「世界大恐慌」「大米帝国の終焉」「世界経済崩壊」など、見出しだけを見ていると信じられないほど、厳しい状況ばかり伝わってきます。

そもそも、アメリカの国内問題であるはずのサブプライム問題が、世界金融と直結をしていること事態が有り得ない話ですし、リスクを極限まで分散をさせていったらリスクがなくなったという説明による詐欺まがいな金融商品によって、膨大な利益が生み続けられていた状態に、全ての原因があり、すなわち、一時的に儲けた分、その百倍、千倍の反動が同時に起きてきたということになります。

「政治家は新聞の見出しで殺される」・・・と加藤紘一氏は言っていたようですが、「世界経済も新聞の見出しで殺される」のではないかと思うほど、不況に拍車をかけて加速化させている状況に、メディアの節操のなさを感じます。新聞に「危険」と書かれた会社は、どんなに内容が良くても株を売られ、ますます危機的な状況に追い込まれていきます。乗り越えられるものも、乗り越えさせなくする効果があるのです。例えば2年前にもてはやされていた会社に対して、会社更生法適用や破産申請がされた時に、手の平を返したような対応をしているのを見ていると、決して他人事ではありません。

今は「価値の転換期」にあり、広義な意味での物々交換にしか価値が見出せない時代になりつつあります。戦犯探しをしても仕方なく、今自分がやれることをコツコツと積み重ねていくしか道がないと思います。本業回帰。自分がやれること。自分が付加価値を付けられることを、その役目に応じて行うことが最も大切なことなのではないかと考えます。

バブル経済の崩壊は、20年前の日本で起こり、3年前にミニバブルということで、バブル経済時以上の価格をつける不動産が現れるほど、異常に膨らみました。「バブルの痛みを知っているうちは、次のバブルは起きない」といわれていても、今回は世界的な金融経済の崩壊。アメリカの没落という形で、凄まじい人類史上未曾有の事態がおきようとしているのです。かつての世界大恐慌時は、4人に1人が失業をして、銀行に取付騒ぎおきて、最終的には戦争にまで突き進んでしまいましたが、同じ轍を二度踏んではならないと思います。

人の欲望が無限大に広がることによっておきた、この根本的な問題を解決にするには、人の心によって自制をして本来あるべき姿に戻り、価値感や生き方を変えていくことによってのみ、通常に戻れるのではないでしょうか?地球環境問題もしかり、戦争もしかり、もはや地球全体で物事を考えてまとまっていく時代に差し掛かってきたとも言えると思います。

|

2008.09.24

連立ちゃんぽん

今から14年前。私も当時、20歳の大学2年生だった頃、自民党・社会党・魁が連立を組んで、村山総理誕生という時代がありました。それに対して、当時野党となった新生党にいた小沢一郎が、色々と画策をして、次の政権の座を狙っている。という構図の中に生まれた歌「連立ちゃんぽん」です。

アメリカやイギリスでは政治を風刺するという文化が非常に洗練されていたような印象があったのですが、日本でも始まったことに凄く面白く感じたのですが、それ以降は、ほとんど風刺らしい風刺はなかったように思います。

与党も野党も、パワーバランスが均衡をしていて、自由に発言できた時代が生んだ名作?なのかも知れませんが、14年後に「誰がボス猿 次狙っているのは?」という状況が生まれたこともあって、ご紹介させていただきました。

とんねるずの番組のエンディングテーマだったように思います。

|

より以前の記事一覧