私は1995年から2010年まで15年、ネパール・ポカラを中心とした「ネパールでの初等教育援助」のコーディネーターを始め、ネパール大使館との日本の農業視察コーディネート、ネパール・パルパでのバイオガストイレの調査など、延べ26回のネパール訪問を通じて学んだことと、数々の試行錯誤を経ながら、ようやく私が学ばせていただいた国際奉仕活動の輪郭が見えて参りましたのでご報告させていただきます。
10年の戦略と現地との共同事業
国際奉仕活動を行う上で、10年以上継続をすることで信頼関係が構築されます。
なぜなら、数年単位での活動が多く、単発的な活動に限られることが多くあり、1回限りの多額なプロジェクトを狙ったNGOビジネスが横行しており、そのようなビジネスを目的とした現地NGOも少なからず存在し、知らずに荷担をしてしまっている日本のNGOなども残念ながら存在しているからです。温かい気持ちで集められた浄財が一部の個人の所有となり豪華な施設となり、横流しされる話は後を絶ちません。
そのため、例え少額予算であっても、10 年間は継続する旨を現地と約束することによって、信頼関係を構築することができ、本音で将来を語り合えるようになっていきます。ハードウェア(建物や設備)の援助は高額で管理が難しく、使われないモニュメントを現地に作ることになってしまう傾向があります。そこでソフトウェア(奨学制度や研修、職業訓練、共同事業)の援助を行い、強固な信頼関係を築いた上で、ハードウェアの援助へ移行することが肝要ではないかと考えます。
私のこれまでの経験では、サランコット村の女性リーダーが心を許して本音で話をしてくださるようになり、続いて様子見でまったく関わりを持とうとしなかった村の長老が式典や話し合いの場に参加してくれるようになるまで、10年以上の年月が必要でした。
いかなる事業であっても村の出資(労働奉仕もしくは金銭的負担)を20%以上求めることが必要不可欠です。ローカルコントリビューション(地元の貢献)がない事業は、継続することが困難で、自分たちの村の事業として取り組まなくなります。
また、事業をそれぞれ単体で行うのではなく、有機的に組み合わせていくことによって効果も大きくなり、最終的には利他的な指導者を輩出するための人材開発を行うことができれば、その指導者を中心に村や地域は変わっていきます。
そのために、現地の方々と共同で委員会を作って、初等教育事業→人材開発事業→産業育成事業へとすべての事業を戦略に則って10年単位で行うことが基本ではないかと考えます。
国際開発のモデルは「江戸時代の農政改革」
2006年にノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行総裁のムハメド・ユヌス氏は、小規模融資によって、特にバングラディシュでのマイクロファイナンス事業の成功で貧困からの脱却への道筋を作り、フランスのダノン社と共同で工場を建設し、地元へ利益を落とす仕組みを行っており、大変注目されています。
一方、日本では江戸時代中期以降、度重なる飢饉や経済危機を迎えたおりに、上杉鷹山、二宮尊徳、大原幽学といった世界に誇れる指導者が出現し改革を行いました。現代の国際開発のモデルは「江戸時代の農政改革」にあるといっても過言ではないと思います。
マイクロファイナンスもまた「無尽」として、農耕民族で長老がいる地域では成立する仕組みとして日本では古くから確立されており、二宮尊徳が飢饉の際に導入した保険制度や農民の人心荒廃を立て直していく農政改革は現代でも十二分に通用します。
そこで国際開発を行う上で、かつての日本で行われた施策を参考に、貧困で苦しむ農村地域にカスタマイズをしてプロジェクトを行うことは、大きな可能性があります。
2007年12月1日に18名の女子学生へ奨学現物支給制度(一人月額600円)を行ったネパール・サランコット村は、農地としては適さない土壌が多いという報告を受けました。
そこで、上杉鷹山が漆や楮を植えたように、コーヒーなどの現地に適した農作物を研究し、栽培、販売することで、新たな収入の道が広がります。また、原料を売るのではなく、製品を売ることによって、付加価値がそのまま現金収入となる方法を模索することが、村人の生活向上につながっていくのではないかと考えられます。
職業訓練や原料を商品へ加工する教室などを定期的に開催することによって、付加価値が高まり、それが現金収入という形で村人を豊かにし、教育水準が上がっていきます。職業訓練や村の自立につなげる活動をしていくことが最も効果的ではないかと考えております。
2008年8月21日には、駐日ネパール大使ガネシュ・ヨンザン・タマン閣下とネパール連邦民主共和国の憲法策定委員を務める3名の国会議員を、山梨県山梨市へ農業視察のためのコーディネートを行いました。農業技術や人材交流を求めるネパールと、後継者不足で悩む日本の農家の実態を、双方で意見交換の機会を持つことができ、農業を通じての国際貢献という形に大きな可能性を感じております。
青少年奉仕活動との深い関係性
アメリカの大学では、国際開発と技術支援が、大きく注目を集め始めております。特に次のグーグル、マイクロソフトとなりうる世界的な企業は、ボトムオブピラミッド(一日を2ドル以下で暮らす人々)へのサービスに鍵があるのではないかと言われ、多くのベンチャー企業などが生まれる土壌が育ってきております。
この国際奉仕活動を支え、活動をしてくれるメンバーとして、大学生を始め、国際開発に興味を持つ若者に、その機会を与えることは大きな可能性があるのではないかと考えます。
私も大学3年生の時に、初めて小澤富夫教授の主催するネパールツアーに参加し、初等教育援助活動のコーディネーターの経験をさせていただいたことが、今につながっております。また、2007年3月には東京工業大学の学生2人がネパール・サランコット村を丹念に調査してくれたことがきっかけで、村の実態をつかみ、より効果的な事業を行うことができました。
このように、国際開発を通じて成長の場を与え、機運が高まっている貧困問題へ実質的な貢献の機会を持った団体として成長をすることによって、世界の学生団体とも強力な連携を図っていけば、次世代のリーダーが育っていく土壌が国際奉仕活動を通じて作っていけるようになります。
そのため、この国際奉仕活動は青少年奉仕活動と深い関係性を持たせることによって、相乗効果を呼び、ネパールやカンボジア、アフリカへのスタディツアーなどを含め、多くの可能性を秘めたプロジェクトを行うことができるようになっていくと考えます。
最後に
真っ白いキャンパスの上に、一体何ができるかと想像をすると、そこには無限の可能性が広がっていきます。これまでの素晴らしい活動から積極的に学ぶことと同時に、新しい発想による国際奉仕活動を行う時が今来ております。
この「国際奉仕活動から学んだこと」を、議論の叩き台としてご活用いただければ幸いです。ご指導・ご鞭撻の程、何とぞよろしくお願い申し上げます。